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超音波診断装置発祥の地とウルトラマン

本日(もう昨日になってしまいましたが)の取材は順調に行きました。2社ともすごく熱心かつ親切で、内容の濃い取材になりました。2社で、朝から18時過ぎまでびっしりです。時間切れでやむなく帰ってくる、という感じでした。

開発の最前線におられる方の話を直接うかがえて、目からうろこが何枚も取れました。新鮮でよい素材をたくさん仕入れましたので、これから料理人の腕が試されるところです。ホテルに帰って、少しまとめようと思ったのですが、疲れすぎて寝てしまいました。

Ultra その1社の玄関ホールにあった看板です。中島茂氏、NHKのプロジェクトXにも出ていましたね。順天堂医科大学の和賀井敏夫氏が主人公でしたが、装置製作側で立ち上がった方です。

超音波をライフワークにしている人は、わたしの知る範囲みんな長生きです。しかも歳をとってもみんな元気。ただ、中島茂氏は、昨年の12月16日に永眠されたようです。超音波計測分野で主導した丹羽登氏が亡くなったのが、昨年11月ですから、戦後の超音波を引っ張った巨人が相次いで亡くなっていたのですね。

彼らこそ真の「ウルトラマン」でしょう。

この会社(アロカ株式会社)、三鷹にあります。三鷹は、この会社の元親会社も隣にあり、午後訪問した羽村市にある別の会社も元は三鷹にあったとのことです。

三鷹は、超音波の街なのです。超音波の街にふさわしいものを駅前で見つけました。見つけたときは、嬉しかった・・・・・(その写真は続きで)

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Ultraman 「Thank you Ultraman」ですよ。米国のヒーローは、スーパーマン、日本人は東京オリンピックでの「ウルトラC」以来ウルトラが好きなのです。

超音波技術の重要ないくつかは日本発であることに、ウルトラマンはどのように関係しているのでしょうか?シュワッチ!

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コメント

>午後訪問した羽村市にある別の会社も元は三鷹にあったとのことです

そこってカイジョウ(旧 海上電気でしょうか)あのあたりの工場は三鷹から引っ越してきた会社がおおいのです。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月20日 (火) 20時03分

SUBSLさん こんばんは

自分のブログのメンテが忙しくて、ここのところコメント出来ずに申し訳ありませんでした。やはり席亭より客の方がお気楽です。

まったくのあてずっぽですが、三鷹に超音波関係の会社が集中しているのは、戦前ここに中島のエンジン工場があったことと関係がありますか?

投稿: 271828 | 2007年3月20日 (火) 20時19分

デハボ1000 さん
ピンポンです。超音波部門を独立させたカイジョウソニックさんです。暗くなるまで、いろいろな話をうかがいました。本社引越しの真っ最中でした。

271828 さん
中島のエンジン工場があったことと関係するのかは知りません。戦後真空管などの電気電子部品は米軍からの払い下げのルートが有力で、という話は聞いたことがありますが・・・。

でも何で三鷹にウルトラマンなんだろう。

投稿: SUBAL | 2007年3月20日 (火) 23時08分

>三鷹に超音波関係の会社が集中しているのは、戦前ここに中島のエンジン工場があったことと

大筋はずれていないですが、航空機と地上との送信装置関係の無線機器会社が多かったと言うことを聞きました。

前いた会社はいまや上場したプレス部品の会社(三鷹)ですが、創業者はそのまえは、三鷹の電信会社の技師でした。でSUBALさんの話に戻ると、三鷹の町の整理の関係で、多数の工場は横田基地の脇に集団して引っ越したのです。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月21日 (水) 02時41分

デハボ1000 さん

実は、昨日訪問した会社は日本無線さんです。
超音波技術は、海から始まりました。きっかけはタイタニックの悲劇とドイツのUボートを使った攻撃の激化、でした。電磁波が使えない海で使えるもの、ということでランジュバン氏が登場します。
戦後の日本で、IHI横浜造船所で金属の超音波探傷器を見た和賀井敏夫氏が超音波を使って人体の中を見れないかと研究を始めました。得られた反射信号を画像化したのが、和賀井氏とタグを組んだ、当時日本無線にいてレーダーの技術者だった中島茂氏、という流れになります。
多くの技術がそうですが、軍事技術にそのルーツがあります。

投稿: SUBAL | 2007年3月21日 (水) 09時29分

>日本無線さんです

三鷹から動かなかったんだ。戦後直後通信機器の会社は三鷹に山ほどありました。動いた会社はそれでよし。動けなかった会社は朝鮮動乱の終結の時にかなり倒産したと聞いています。
まあ真空管ベースの時代、真空管を東芝が青梅でくんでいたのも一つあるのかも。
勉強になりました。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月23日 (金) 10時44分

>でも何で三鷹にウルトラマンなんだろう。

弟の友人が円谷氏(息子)のマネージャーをやっていたそうで、聞いたことなのですが、単に府中の撮影所に近いから三鷹で創業した。(これも戦時中の宣伝活動に嚆矢があるのだそうで)・・・と聞いたことがあります。ご参考まで。

てことは、ウルトラマンももとを正せば軍需産業だったんだ。

投稿: デハボ1000 | 2007年3月24日 (土) 01時16分

>単に府中の撮影所に近いから三鷹で創業した。
円谷プロの始まりは三鷹だったのですか・・・。

円谷プロの旧本社が世田谷区師ヶ谷にあり、そこがウルトラマン発祥の地、となっていることはNetで調べてわかったのですが、三鷹に近いのですかね。

調布飛行場が近くにあって、ウルトラマンの撮影も近くで行われていたとか・・・。
航空機、航空機用無線、超音波、ウルトラマンを結ぶポイントは調布飛行場かな、などと推測していました。

東京の地理はあまりよくわからないのと、ウルトラマン世代ではないので????です。
ちなみにまぼろし探偵、アトム、スーパージェッターの世代です。「チロリン村とクルミの木」は記憶にある程度、「ひょっこりひょうたん島」がジャストタイムです。

投稿: SUBAL | 2007年3月24日 (土) 13時01分

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