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ちょうど10年前

1998年(平成10年)の1月27日、東京の新宿にある工学院大学で「超音波による非破壊評価シンポジウム」が開催されました。毎年この時期に開催されます。

Introut 私はこのとき、「超音波探傷入門者訓練用シミュレーションソフトの開発」というタイトルで発表することにしていました。1年がかりで作ったソフトウエアについて、色々なことを言われるかもしれないけれどともかく発表をしてみたら、という勧めがあってのことでした。それまで地元の仲間内での研究会で小さな実験結果を発表することはありましたが、首都圏では初めてでした。

申し込んでプログラムが届いて、正直ビビリました。私の発表はトップ。そのあとは、企業の研究機関や大学の先生などそうそうたるメンバーの研究発表が、とても難しそうなタイトルでラインナップされています。

高邁な理論があるわけでも、コツコツ積み重ねた実験データがあるわけでもありません。明らかに異質です。こうなったら、もう素っ裸になるしかないなと考えました。シミュレーションソフトの教育的意義、などと妙にこねくり回すよりは、プログラムを動かして見てもらおう。それで嘲笑を浴びるようであれば、「こりゃまた失礼をいたしました・・・」とけつをまくって退散するしかないだろう・・・と開き直りました。

そうなると、パソコンの画面を直接スクリーンに映し出すしかありません。当時こうした学会の発表では、まだOHPを使うのが主流でした。JSNDI事務局のO氏にプロジェクタは使えるのかと問い合わしたところ、ないとの返事でした。

ないならしょうがない持ち込むしかない、この決断は早かったです。北海道から持っていくのは大変だから、東京で借りることにして東京目黒にあるレンタルショップにあるのを見つけて予約をしました。1日4万円でした。

山手線目黒駅から約2kmのところ、地図を頼りに目黒駅から歩いてゆきました。レンタルショップで契約書にサインをしていると、受付の人が台車に大きなトランクケースを持ってきて「お車はどちらですか?」と聞きます。「はぁ?歩いてきましたけれど」というと、「えっ!」と係りの人。明らかに「このお客バカだ、これを一人で徒歩で運ぼうというのかい!!」と顔で言っていました。

私は、手でそのケースを持ってみました。ずしんと来る重さ、30キロぐらいありそうです。困ったと思いましたが、もう突っ張るしかありません。「このぐらいまったく問題ありませんよ」

それからです。新宿工学院大学までの道のりの長かったこと。

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バスに乗って目黒駅の改札までたどり着くころには、1月というのに汗だくです。それからいくつの階段を上り下りしたことか、新宿西口の地下道を通って工学院大学に入る階段を上って、エレベータで会場についた時にはワイシャツまでベタベタになっていました。

事務局のOさん「どうしたんですか?」。「ともかくこれ使わしてください」「いいですよ」。

とステージのほうを見ると、常設のプロジェクタがあるじゃないですか。Oさんに「プロジェクタあるじゃないですか。」というと「これがそうなのですか」???オイオイ勘弁して頂戴!!10年前の現実です。

せっかく借りてきたんだから使うことにしました。98utsymp1 このプロジェクタで明るさが1000ルーメン程度だったと記憶しています。会場を少し薄暗くしないとはっきり見えません。

当時私はPowerPointを持っていなかったので、VisualBasicでプレゼンテーションを作って発表しました。

Utsym それでも発表のほうは予想外に好評で、休憩時間には名刺交換をする人が並んでいるほどでした。こんなことは生涯でただ一度です。大げさに言えば、このシンポジウム以前と以後で人生が変ったのかもしれません。その後このソフトウエアは、日本非破壊検査協会から発売されて、技術者教育に今も使われています。

で、あれから10年です。最近の学会などではOHPはほとんど見なくなりました。パソコンからプロジェクタを通してスクリーンに映し出すことは当たり前のこととなっています。

2000ルーメンの明るさで、重さが2kgを切って、価格も10万円を切っているプロジェクタが売り出されています。

今日は過去日記でした。そういえば、子供のころから日記は三日坊主、続いたことがありません。ブログはよく続いていますな。

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コメント

お疲れ様です。

なるほど、注目を集めてしまったんですね。
教わる側にわかりやすいのは勿論ですが、教える側がオイルやグリセリンで手を汚すことなく、しかも探触子を押さえる力具合も考慮せず同じ波形を出せる…、この素晴らしさは革命的だっただろうと思いますよ。

投稿: niwatadumi | 2008年1月27日 (日) 00時21分

>目黒駅から歩いてゆきました。レンタルショップで契約書にサインをしていると、

お店を存じませんが30キロはきついわ。(一時期目黒の事業所に在勤居ていたので)けど工学院大までならタクシーで意外と近いのですよね。
そうかあ、10年前はPPTはVERごとに互換性が乏しく、ほとんど使えませんでした。そのためまだ私はOFFICE98仕様のパワーポイントを残しています。少しずつアクロバットにしていますが。

投稿: デハボ1000 | 2008年1月27日 (日) 01時06分

niwatadumi さん
厚顔無恥は子供のころからの特性ですが、さすがにあの時はビビリましたし、その後の反応には驚きました。

>しかも探触子を押さえる力具合も考慮せず同じ波形を出せる

これは、プログラムを作っているときはここが「仮想探傷」の超えられない弱点だと考えていました。しかし、出来上がって使ってみると、原理的な理解と、(探触子の押さえ方といった)実機を使った訓練で獲得する技能的なところを切り離して、段階的に教えられる、ということが解りました。
パソコンを技術技能教育のツールとして使うことの有効性のひとつとして、明瞭になって面白かったです。

投稿: SUBAL | 2008年1月27日 (日) 01時50分

デハボ1000 さん

>けど工学院大までならタクシーで意外と近いのですよね。

プロジェクタのレンタルに4万円を支出していて節約モードになっていましたね。山手線の階段を上り下りしているときには何度も「タクシーにすればよかった」と思いました。返すときはタクシーを使ったと記憶しています。

翌年の平成11年秋には札幌でJDNDIの大会が開かれましたが、このときには会場にプロジェクタ(CCDつきでOHPも映し出せる)が用意されていて、ほとんどの人がパソコンを持参して発表していました。OHPを使う人が少数派になっていました。
PPTの画像を透明シートにプリントアウトしてOHPで発表をするという人もいました。
Windows95が日本で発売になって2年目、この辺の年がプレゼンツールの変わり目だったような気がします。この数年後にプラスがDLP方式のプロジェクタを開発して発売するのです。

投稿: SUBAL | 2008年1月27日 (日) 02時13分

あのソフトの誕生は、10年前ですか。
確かに初めて起動させたときに懐かしのWINDOWSって
感じがしました。
私も目盛読取の練習をさせていただきました。深謝m(_w_)m

SUBALさん、
wiiのコントローラーを流用して『探触子を押さえる力具合もシミュレートできる』バージョン2を開発されては!いかがでしょうか。

追伸>予定通り?5月末か6月頭に、千歳へ行ってご挨拶できるチャンスを頂きました。
SUBALさんを拝見したら挨拶させていただきます。
で、
こんな私にどうやってUTの勉強をすればよいの?
と聞く人がいたので、
まずはSUBALさんの本を買って読めと言っときました。^-^y草々

投稿: taka-tyu | 2008年1月29日 (火) 15時18分

ちょうど10年後の超音波シンポジムで発表した一人です。
ここはやはり大学院生や企業の研究機関に在席する方々が超音波をさまざまな角度からみて、大そう難しそうな方程式を解いて、解析して、それと実験値の比較したそれこそ研究発表の場ですよね。そういったところに企業の宣伝程度の内容を発表する自分はまだまだだな~と思ってしまいます。

自分の前に女性の大学院生が立派な発表をしてくれたので、かなり緊張しましたわ。
発表はそこそこだったのですが、質問の際に某K村先生から注意を受けたんですよー(鋳鉄の探傷について)

投稿: murakami | 2008年1月29日 (火) 21時38分

taka-tyuさん
嬉しいですね。超音波探傷に携わる人が、最初のころにあのソフトを使ってもらえているとは。作者冥利に尽きます。
>千歳へ行ってご挨拶できるチャンス
そうですね。前向きに考えましょう。私もお目にかかることを楽しみにしています。

投稿: SUBAL | 2008年1月29日 (火) 23時33分

murakami さん
昨週東京にいらしたのですね。

>質問の際に某K村先生から注意を受けたんですよー

この世界でK村先生の質問はある意味洗礼ですね。認められたということですよ。

私は、発表の途中でK村先生から「ちょっとストップ。戻してもう一度見せて」といわれました。そんなこと異例ですからね。途中で引き摺り下ろされるのかと思いましたよ。
その後例のかん高い声で、「へー!すごいねぇ」と。
頼みますよK村先生、さすがの毛の生えている心臓も止まりそうだったんですから・・・。

投稿: SUBAL | 2008年1月29日 (火) 23時42分

二日続けて書き込みします。

実は、先日の超音波シンポジウムの発表で「新進賞」を頂きました!その賞状が今日届いたので、先生にも報告します。
こういう賞は学生が取るものだと思っていましたが、自分が受賞したので大変うれしいです。
会社の人や発表に関わった人へこの受賞の報告をしたところ、皆さん喜んでくれました。自分もいい評価を頂いてテンション上がりました。

投稿: murakami | 2008年1月30日 (水) 18時59分

murakamiさん おめでとうございます。

やりましたね。貴女はまだ20台ですから、新進賞の受賞資格がありますね。大学院の学生さんたちは、多分狙っていたでしょう。murakamiさんの物怖じしない落ち着いた解りやすい発表には、学生さんでは太刀打ちできなかったかな?

例の業界紙の写真はmurakamiさんで決まりでしょう。新進賞の発表が、こんど札幌で聴けるのですね。楽しみです。

昨秋のJSNDIの札幌大会では、なぜか私も新進賞の審査をやる破目になりました。そこで感じたのは、10年前に比べて学生さんたちの発表がわかりやすくなっていることでした。明らかにわかりやすく発表をする指導を受けている感じでした。

審査項目の中には、質問を何件受けたか、質問に的確に答えたかなんてのもありました。

解りやすく説明することは、研究の欠点も解りやすくすることになりますが、それも含めてよいことだと思います。

まさにNDI超音波の世界に、期待の新星が登場した瞬間ですね。めでたいめでたい。ささやかながら乾杯!!

投稿: SUBAL | 2008年1月31日 (木) 00時52分

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