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横浜港に古代ローマの遺跡???

横浜港で見つけた面白いものシリーズ、その1です。

Cimg2520 7月19日に、KADOTAさんデハボ1000さんに案内していただいて、最初に来たのが、ここでした。夕暮れだったことと、ここが歩いてきた道から少し下がるところにあることから、照度不足で、ぼけた写真になっています。

Cimg2527歩きながら説明を聞いていたはずなのですが、最初見たときに、ずいぶん凝ったデートスポットを作ったものだなと思いました。古代ローマの遺跡風と見えたのです。

場所は、横浜ランドマークタワーの直下です。

首都圏の人は知っているのでしょうが、(地方の方中心に)いったい何だと思いますか?ベースは産業遺構です。

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Cimg2519 実は、ここ三菱重工横浜造船所のドック跡なのです。

ドッグヤードガーデンと名前がつけられているようです。

                                                                       

 現地にあった案内看板から抜粋粋します。

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旧横浜船渠株式会社第二号船渠(ドック)

所在地     横浜市西区みなとみらい2丁目2番1号
員数       一基
構造及び型式 石造乾船渠(ドライドック)

 安政6年(1859)の横浜開港以来進めてられていた港湾施設の充実整備は、明治20年(1887)英国人技師H.S.パーマーの港湾施設整備に関する提言で、新たな段階をむかえ、築港事業は官営で、ドックや倉庫等は民間で建設することになりました。それに従い明治22年設立の「横浜船渠会社」(明治26年より株式会社)がこのドックを建設しました。明治29年12月の竣工で、設計は海軍技師の恒川柳作が担当、その後、昭和10年三菱重工横浜造船所の所有となり、昭和48年に役割を終えました。 

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Cimg2521  

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コメント

SUBALさん おはよう

このドッグを提案したパーマーの子孫の方
http://kazeno.info/karuizawa/4-kyuu/meisyo/kawanoko/kawanoko.htm
とは古い知り合いです。何となく英国風の顔立ちですね。

パーマーに関する書籍も3冊出版されています。
1、 祖父パーマー―横浜・近代水道の創設者 (有隣新書)

2、黎明期の日本からの手紙 (1982年) ヘンリー・S.パーマー 樋口 次郎

3、 条約改正と英国人ジャーナリスト―H・S・パーマーの東京発通信 樋口 次郎

ご参考まで。

投稿: 271828 | 2008年7月23日 (水) 06時52分

271828 さん こんばんは

そうですか。明治の日本には、技術の分野で指導的な役割を果たした外国人は何人かいるようですが、このパーマーさん日本で家庭を持ち住み続けたのですかね。

投稿: SUBAL | 2008年7月23日 (水) 20時22分

SUBALさん おはよう

>パーマーさん日本で家庭を持ち住み続けたのですかね。
伝記を読んでいないので詳しいことは知りませんが、軽井沢で聞いた話では、日本在住の子孫は現地妻の末裔ですね。

オランダから来た技術者ではデ・レーケが有名ですが、版画家のM.C.エッシャーの父親も土木技術者として来日して活躍したことがあります。エッシャーの芸術に日本の版画や家紋のデザインが影響を与えたかもしれませんね。

投稿: 271828 | 2008年7月24日 (木) 05時37分

271828 さん こんばんは

>日本在住の子孫は現地妻の末裔ですね。

なるほど、北海道に転勤を命じられた人は、命じられたときと帰るときに2度泣くといわれますが、そんなドラマがありそうですね。

投稿: SUBAL | 2008年7月25日 (金) 03時06分

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