JUMO用のスターターアダプターの製作年月日
A6M232さんが撮影した、ネ-20についていたスターターアダプター。そこについている刻印の謎を追っています。
A6M232さんが送ってくれたアダプターの写真にもう1枚、右の写真があります。
これで前の写真と合わせて刻印の全体が読めます。
[JUMO STARTER ADAPTOR 6-16-70 D.SWAINE.]
これどう読めますかね。JUMO用のスターターアダプター で最後のD.SWAINEは製作者の名前、そうするとその間の数字は製作年月日と見るのが自然ではないでしょうか。
つまり製作年月日1970年6月16日。
では、このネ-20は1970年6月16日にはどこにあったのでしょう。履歴をたどってみます。
といっても手許にあるのは、前間孝則著「ジェットエンジンに取り憑かれた男」(講談社)と、石澤和彦著「橘花 日本初のジェットエンジン ネ20の技術的検証」(三樹書房)それに永野治:「ガスタービンの研究」(鳳文書林)だけです。それらを元に、年表風にまとめてみます。
1944年7月 BMW003の縮小図面入手
1944年10月 ネ-20計画図作成
1944年12月25日 設計作業開始
1945年3月26日 第1号機火入れ試験
1945年4月末までに12基製造
1945年5月~7月12基+数基製造
1945年8月以降 ほとんどが焼却処分されるが、そのうち何基かが米軍に接収されてより米国に渡る。(クライスラー社で2個一にされた2基、現在スミソニアンにある2基の4基が確認されている。)
1946年3月 米海軍よりクライスラー社に払い下げ
1946年7月12日~1947年1月6日 クライスラー社により22回の運転試験に供される
1961年 ノースロップ工科大学に留学中の舟津良行氏が教材庫の片隅のガラクタの山の中に日本語が書かれた薄汚れたエンジンを発見。軍需品のジャンクショップより購入したものとのこと。
1961年 クラスメイトとともに舟津良行氏はドリーをつくり校庭で火を入れてアイドル回転までの運転試験を実施。
1973年 舟津良行氏が渡米して、このエンジンがネ-20であることを確認。
1973年10月 第4回国際航空宇宙ショー(@埼玉県入間基地)での展示のため一時的に帰国する
1973年10月 国際航空宇宙ショーが終わり、ノースロップ工科大学に返却されるはずのネ-20を永野治氏のあとを継いで石川島播磨重工の航空宇宙事業本部長を務めた森糾明氏が強引に会社に持ち帰り保管してしまう
森・舟津両氏がノースロップ工科大学のシェル所長と交渉し「無償永久貸与 返還請求なし」となる
大雑把にまとめるとこうなります。で、1970年は、舟津氏が1961年に発見してから、1973年に帰国する間になります。このアダプターは、ネ-20のために作られたものではないでしょう。JUMO(おそらくJUMO004)のために作られたアダプターと考えられます。それをネ-20に転用したのでしょう。
私の推測は、次の2つです。
① 1961年に舟津氏たちがノースロップ工科大学で運転試験をして以降も、学生たちの手で何度か運転試験が実施された。そのうちにスターターが壊れて、代用としてGE社のスターターを使うためにアダプターを検討したら、JUMO004用に作られていたアダプターがちょうどよかったので、それを取り付けた。
②国際航空宇宙ショーに展示するために日本に輸送する際に、ノースロップ工科大学が、JUMO用のアダプターとともにスターターを取り付けて送り出した。
さあ、真相はどうなのでしょう。
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コメント
こんばんは。
次回作はドキュメント小説でしょうか。面白そうです。
投稿: niwatadumi | 2009年1月15日 (木) 22時04分
niwatadumiさん こんばんは
面白そうでしょう。このネ-20をめぐる物語を題材に小説を書きましょうか。年末ジャンボが当たっていれば、今頃取材旅行に出ていたかも‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
。
投稿: SUBAL | 2009年1月15日 (木) 22時37分