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感受性豊かなころの実験

教育を受けて、その教育内容が感動的なものとして一生残るものってどのくらいあるでしょうか。私は、中学2年のときの英文法の時間。そして高校2年のときの微積分の時間ぐらいしか思い浮かびません。

東北大学工学研究科・応用化学専攻・教授 板谷謹悟氏が苫小牧高専のホームページに寄せた文章を興味深く読みました。板谷氏が苫小牧高専の1年生(15もしくは16歳)だったころに学んだ、「硝酸銀溶液を用いた塩素イオンの定量分析」実験の話です。

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「硝酸銀溶液を用いた塩素イオンの定量分析」、私は高校時代にやったのかどうかすら記憶にありません。化学は嫌いな科目でした。たぶん普通高校ではやらないのではないでしょうか。

板谷氏にとっては、「この実験は、私達に感動を与え、今でもこうして思い出す、一生忘れられない習得した基礎化学技術というか、私自身の化学者としての基本となっている要素に成ったんですね。」と語るものになったそうです。

面白いと思ったのは、同じ実験は今大学では3年のときに行う、しかしその実験は「現在、機器分析装置の自動化が相当進み、学生実験でもスイッチを押せば、データーが出る」というものになっており、化学や物理の基本を感動を持って学ぶものになっていないだろう、とのべているところです。しかも年齢が二十歳を過ぎていれば、感受性も干からびているだろう、とのべています。

データを取る実験と、基本を学ぶ実験とは違うだろう、とか、感受性の干からび方は人によって違うだろう、とかといった突っ込みも可能かもしれません。

ただ、私自身の経験からしても歳をとってから微積分を学んでも高校のときに「グラフ上の点が今にも動き出しそうにウズウズと揺れて見えた」感動はたぶんなくて、数学上の手法の一つとして淡々と習得することになったでしょう。

英文法も「言語は習慣である。習慣の中から浮かび上がってくる規則性を記述したものが文法だ」とそのときのH先生が言った言葉を今聞いたとしたら、「そうでしょうね」ということにしかならないような気がします。その当時の私は、混沌とした現象の中に規則性が生まれそれを抽出して記述してゆく営みを想像してわくわくしたことを覚えています。

いつどのように学ぶかも学びの中では無視できない要素ではありましょう。

ところで、板谷氏の文章の中に出てくる森田修吾先生は、私(高専の卒業生ではないけれど・・・)にとって恩師とも言える方です。お亡くなりになった後に、こんな本をまとめました。

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コメント

SUBAL さん、こんにちは

>「現在、機器分析装置の自動化が相当進み、学生実験でもスイッチを押せば、データーが出る」

そういえば、先生の破壊工学の本の引張試験機の絵も古い型のようですねhappy01
ご存知だとは思いますが、今の引張試験機はパソコン制御で、クリック操作で試験機の制御はもちろん、ヤング率などの自動計算して、レポートまで自動的に作って印刷してくれます。。。

私も学生のころ、実験で大きなメーターがついた引張試験機を使いましたが、「つまみを少しでも動かしすぎるとオーバーロードで壊れるので、慎重に行うように!」と技官か助手かに脅された記憶があります。
感受性(sensibility)が強いのは機械の方でした。。。
(つまらないオチですいません。。。)

投稿: tsunodako | 2009年4月 7日 (火) 21時58分

tsunodakoさん こんばんは

ははは、そうですね。イラストを指定するときについつい自分が普段使っているものにしていましたね。
私が普段使っているのは、島津製作所の機械ですけれど、実にシンプル。変位は、油圧で上がるテーブルの上昇をワイヤーでドラムの回転に変える古典的なやつです。
高校を卒業して私のところに入ってくる学生に、ここで鋼の引張試験をすると、結構感動してもらえます。森田先生が行ったような高度な話しではありませんが、鋼が引きちぎられることが新鮮なようです。
軟鋼の試験後は、破断面付近を指で触らせます。とても熱いのです。塑性ひずみエネルギーの熱エネルギーの転換、などということばを使う必要はないのです。
5年ぐらい前に、この試験機にパソコンマウスを改造したエンコーダーを組み込んで荷重と変位をパソコンに取り込む試みをしたことがあります。デジタルデータとして取り込めれば・・・と妄想は膨らんでいました。グラフ機能もついたソフトもできて、いい線行ったのですが、マウスですと突然の座標シフトが起きてしまい、この問題が解決できずに放置したままにしています。
tsunodakoさんのコメントを読んで、この時代遅れの機械であるからこそできる教育というのがありそうだと、アイデアがわいてきました。有難うございました。

投稿: SUBAL | 2009年4月 7日 (火) 23時00分

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