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危ないロケット遊び

子供のころ行った危ない遊びのひとつにロケット遊びがありました。

セルロイドの下敷きをナイフで削ってそれをアルミ製の鉛筆キャップの中に詰めます。キャップの開口部を叩いてつぶすと、ミニロケットの出来上がりです。北海道の家には、たいていルンペンと呼ばれる石炭を燃料にしたストーブが部屋の真ん中にありました。

がんがん燃やすとストーブの鉄板が真っ赤になることもありましたから、800℃を超える温度になることもあるストーブです。この上にミニロケットを置きます。しばらくすると、白い噴煙を上げてミニロケットは部屋の中を飛び回ることになります。あとにはセルロイドが燃えたあとの独特の匂いが残りました。当たると当然のごとく痛いし、怪我をすることもありうるので、ストーブにロケットを乗っけると、悪がきどもはそれぞれ部屋の隅に陣取ってロケットを注視するわけです。

もちろん親がいるところで、そんなことはできません。留守を見計らって実行するわけです。

このミニロケットをめぐって、へー!と思うことが最近2つありました。

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北海道のカムイロケットが、JAXAからの依頼を受けて有料で打上げ実験に供されたあと、マスコミは「事業化への道が開けた」と報道しました。その日だったか次の日だったかの北海道新聞のコラムで、このセルロイドと鉛筆キャップを使ったロケット遊びの話が紹介されていたのです。カムイロケットが、北大の永田教授が開発した固体燃料を使っていることに引っ掛けて、コラム氏の子供のころの遊びを紹介しているものでした。コラム氏は私と同年代なのかな?

もうひとつは、NHKの「プロジェクトJAPAN アジアの一等国」という番組でした。明治から終戦まで50年間続いた日本による台湾統治を振り返る内容でした。恥ずかしながら台湾統治については、この番組を見るまではその実態をほとんど知りませんでした。植民地支配の方法であるとか、植民地を支配することで「一等国」の仲間入りを目指した日本の姿とか、いろいろと考えさせられる内容でした。政治的なことはさておいて、台湾統治で日本に富をもたらした産物についてです。

番組によると、当時台湾の主要な輸出品はクスノキから作られる樟脳ということでした。樟脳はセルロイドの原料であり、またノーベルが発明した無煙火薬の原料でもあったということで、当時のヨーロッパに大量に輸出されたそうです。樟脳というと防虫剤のイメージしかありませんでしたが、石油由来のプラスチックが席巻するようになるまでの合成樹脂の代表であったセルロイドの原料であり、戦争には欠かせない爆薬の原料だったということはまるで知りませんでした。ロケット燃料として爆発的な燃焼をすることは化学的に説明できるのでしょうね。

高校時代の化学の時間にこの話題が出ていれば、化学もまじめに勉強していただろうなぁ、と述壊するのは、自分の怠け癖を先生のせいにする悪がき根性を未だに引きずっている中年おやじのたわごとでしょう。

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コメント

SUBALさん おはよう

私もこのロケット遊びをやった年代です。私が使った燃料は学生服の白いカラーだったと記憶しています。

今ではセルロイドの下敷きは手に入りませんが、昨晩TVを見ていたらセルロイドが出て来ました。卓球のボールは今でもセルロイド製ですね。しかしアルミの鉛筆キャップが見当たりません。

投稿: 271828 | 2009年4月15日 (水) 05時25分

「アジアの一等国」は、内容がおかしいということで、NHKにもかなり抗議が来ているみたいです。
自分はこの機会に、
『台湾人と日本精神』 蔡 焜燦(著) (小学館文庫)
を広めたいと思っています。
NHKが押し付ける「歴史」とは違う「歴史」もあります。
読みやすく、感動的な名著です。
ぜひ御一読を。

投稿: あ | 2009年4月15日 (水) 20時16分

271828 さん こんばんは

この遊びは、割と普遍的にやられたものだったのですね。米ソの宇宙開発競争でロケットは少年の心をくすぐるものがありました。
そういえば、アルミの鉛筆キャップは見ませんね。鉛筆自体をあまり使わなくなっているということもあるでしょうが、プラスチックのキャップに比べてコスト的に太刀打ちできそうもないことは想像できます。

投稿: SUBAL | 2009年4月15日 (水) 22時04分

あ さん こんばんは

この記事の趣旨とは離れますが、50年間もあった台湾統治についてはどこかで勉強をしなければならないことでしょうね。

投稿: SUBAL | 2009年4月15日 (水) 22時06分

>1937年 鹿児島本線小倉駅~上戸畑信号場間で爆発・火炎類焼し9名死亡、36名負傷。乗客が玩具製造のセルロイド管の束を持ち込み、網棚から降ろす際、自身の咥えタバコの火がセルロイド管に引火。
このため、バスなどにももちこめないですね。また昔の映画館は(フイルムがセルロイドなので)火事の危険性があるため、映写室だけ防火構造になっていますが、このため空襲で焼けた映画館は、映写室だけ残っていた事が多かったですね。・・防爆法規に最近までこの影響が残っていました。

投稿: デハボ1000 | 2009年4月16日 (木) 00時43分

デハボ1000 さん こんばんは

なるほど。セルロイドは、昔から危険物扱いだったのですね。かのロケット遊びは誰から教わったのか覚えていないのですが、私たちの親の世代からよくやられていたことなのかもしれないと思い始めています。少なくとも、特定の人が知っている珍しい遊びではなかったようです。公の文献には載っていないけれど、悪がきなら誰でもやった公知の遊びのひとつ、といえるのでしょう。

投稿: SUBAL | 2009年4月16日 (木) 01時26分

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