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黄金比と美

ブログをやっていると、いろいろな方が読んでいただけているようで、様々な反応があります。正直対応に困ることもありますが、おおむね刺激になって楽しいです。

先日「建築や美を考える上で黄金比は大きな柱になると考えていた」という建築学を学ぶ学生さんから、このブログで過去に書いた黄金比についての記事を読んでの感想がメールで送られてきました。ショックを受けたとのことでした。それでもいろいろと考えてゆくきっかけになると前向きに受け止めているようです。柔軟に考えることのできるバイタリティーのある若者のようです。「建築と美」について考えていることがあれば、教えて欲しいのメールの最後に書いてありました。

そんな大それたテーマに応えられるはずもありませんが、私が考えていることの一端を書いて返信としました。以下、私の返信です。(備忘録程度に記事にしておきます)

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メール有難うございました。
今日、黄金比が美しいなどといっているのは、一部の建築デザイナーとわけのわからない数学者だけかなと思っています。

私も当初は黄金比について面白いと思い調べ始めましたが、調べれば調べるほどインチくさいことがわかり、あきれてしまいました。黄金比が盛んに言われ始めるのは、19世紀後半からで、その旗手ともいえるのがル・コルビジェのようです。19世紀後半から20世紀という時代背景とともに考えると見えてくるものがあるのかもしれません。

私は、オウムガイの殻や「黄金矩形」の連なりを見ると「美しい」と思いましたが、単独である長方形の「黄金矩形」を見ても美しいとは思えませんでした。若いころピカソのキュビズムの絵を皆すばらしいというけれど、私にはどう転んでもすばらしい絵とは思えなかったときと似た感覚でした。

私は、無粋者の部類に入るので「美」を語るのはおこがましいのですが・・・。
「美」は対象世界をわが身に受け止めて感じるものであって、客観世界に独立して存在するものではないだろうと思っています。黄金比を「神秘の美」などという人たちは美を感じる主体のことを忘れているのだろうと思います。

森の中にある樹齢千年の大木がある満月の夜に寿命を終えて倒れたとしたら、大きな音がするはずです。それを目撃する人がいたら、驚きとともに感動を覚えるかもしれません。しかし、それを聞く人がいなければ、その音は単なる空気の振動に過ぎないのです。

なぜ特定の対象や出来事を美しいと感じるのか、哲学者などが昔からいろいろなことを言っていますが、私には納得できるものはありませんでした。
わたしがなんとなく思っていることは、こちらの記事の最後に書いています。

http://subal-m45.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_1f61.html

おじさんのたわごとにお付き合いいただき有難うございました。勉強がんばってください。

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実は森の大木の話は、超音波本の第1章の原稿として書いていた内容でした。しかし、途中で第1章の書き出しを全面的に書き直したために削除されてしまったものです。

30年以上前に伊丹十三がテレビで言っていたと記憶しているのですが、面白いなぁと思って心に残っています。

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