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ボーイング747型機御巣鷹山墜落事故から25年

 1985年(昭和60年)8月12日、ボーイング747型機(JAL123便)が御巣鷹の尾根に激突して520名の犠牲者を出してから25年になります。四半世紀です。早いものです。
 そのころ私は、苫東の石油備蓄基地で定期点検のための原油タンク開放工事の現場にいました。民間の共同備蓄基地として最初の開放工事はT8で行われ、大失敗になり、文字道理不眠不休でリカバリーを行ってようやく終わり、疲れきった体に抜け殻のようになった頭がついている状態でした。がらんどうの頭と体に、そのニュースは飛び込んできました。
 破壊事故を防ぐための非破壊検査の仕事の末端にかかわっていましたし、危険を伴う工事を遂行することに神経をすり減らしていましたから、当時の私にとっては遠い世界のことではあったけれど、関心は持たざるを得ませんでした。

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 今夏、寺田博之氏による「JAL123便事故 安全工学の視点から検証する」が刊行されました。

 この事故に関しては「とんでも本」が出回っています。とんでも本とまではいえなくとも、航空安全を前に進めてゆくためにこの事故から何を学ぶのかという視点はほとんど見られずに、「これが疑惑だ、真相だ」というトーンが大部分なのです。日本では、大きな事故の原因は隠され明らかにされないものだ・・・といった観念があるように思います。観念とは言い切れないような実態もあることも事実です。しかしこと航空機事故に関して言えば、海外の事例を見てゆくと「隠される」というより、事故原因やその教訓は公開される流れになっていると感じられます。実は、日本航空の社員の中にもこの事故がなければ死ぬことはなかっただろうという方も出ています。たとえ多くの方が犠牲になっていたとしても、逆に言えばだからこそ、事故に関する情報は忌むべきものではなく、真剣に検討をして今後に生かすべきものと思います。

 この本の中で、1994年の時点で米国の破壊力学の専門家たちが「修理ミスによる事故であったことは承知しているが、修理をアメリカ人が行ったとは知らなかった。日本人が行ったものとばかり思っていた」とのコメントがあったことが紹介されています。日本側がちゃんと発信していないからだといえるでしょう。私はこの事故を「ボーイング747型機御巣鷹山墜落事故」と表記すべきと思っています。

 3月に出した「航空工学の本」の中には、直接この事故に関して書いているのは1箇所ですが、与圧システムとその構造など数箇所にこの事故を意識して書いたところがあります。

あれから25年、この事故についてこんなに長く追い続けるとは夢にも思いませんでした。

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