« 和商市場の勝手どんぶり@釧路 | トップページ | 母校 »

幣舞橋・ロータリー・出世坂

 釧路市にある幣舞橋は、構造としてはありふれた桁橋ですが、夕焼けが映える港に近いとかの周囲の情景とマッチしていて美しい橋です。 

Cimg4129

4つの橋脚のうえには、北海道に縁のある彫刻家の四季をテーマにした作品が設置してあります。

Cimg4132

これは佐藤忠良の作品。

Cimg4131

こちらは本郷新の作品。橋マニアとしては、こういうのが無くても十分美しい橋だと思います。

幣舞橋を釧路駅のある繁華街のほうから南側に渡ると、5差路の交差点になります。

Kusiro

にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へポチッとクリックで応援

 この5差路の交差点には信号機がありません。日本では珍しいロータリー式になっているのです。

 

Cimg4148

 幣舞橋の北西の方向は繁華街で、釧路湿原につながり平坦な土地です。南東の方向は丘陵になりアップダウンの激しい土地になります。写真で、ロータリーの上に花時計が見えますが、その右側、木が生い茂っているところに勾配のきつい坂道があります。通称「出世坂」と呼ばれています。

Cimg4135

上から見たところです。

Cimg4137

 坂を上りきったところから、ロータリー幣舞橋繁華街を見下ろした写真です。

Cimg4139

 この坂を上って少し歩くと旧制釧路中学(戦後釧路湖陵高校になった)があって、ここの卒業生が地域の政治経済文化を担う要職に就くことが多かったことからそのような名前がついたのでしょう。私も釧路湖陵高校の卒業生ですが、「出世」はしていません(笑)。

 ここを上って通学した生徒は、少なくとも私の時代はそう多くないと思います。鬱蒼と木が生い茂った暗く狭く急な坂道をひたむきに歩く姿を黙々と勉学にいそしむ若き学徒のイメージに重ねて、誰かがそう名づけたのでしょう。馬鹿だといわれながら、冬でも足に寒さで痛みを感じながらもノー天気に下駄で通った私の通学イメージとは程遠いものがあります。

 湖陵高校は、その名の通り、春採湖に程近い小高い丘の上にありましたから、どこから通うにしてもたいていは坂道を登らなければなりませんでした。

現在は、昔の場所から移転をしていますが、やはり春採湖を見下ろす丘の上にあります。

Cimg4153

 右上に見えるのが現在の釧路湖陵高校の校舎です。この校舎から800mの位置に北海道教育大学釧路校があります。若干の増改築はあったようですが、趣は変わっていませんでした。私が通った時代は校舎は新築で、その少し前に学芸大学から教育大学に名称が変更になりました。

Cimg4141

 私は、小学校から大学まで自宅から最短距離にある最も安い学校に通ったことになります。最小エネルギーの法則に従ったわけではなくて、ものぐさだったのでしょう。国立大学の授業料が年間12000円のときでした。

 この大学に一緒に進学した同級生で市内の大きな学校の校長になっているのがいました。彼女は出世した、といえるでしょう。

 久々に釧路の街を歩きました。変わってしまったもの変わらないもの、往年の勢いが感じられないからこそ、なを愛おしいふるさとの風景でした。

にほんブログ村 科学ブログへアイコンをクリックすると、ブログランキングの応援になります。おかげさまで現在1 位。

P.S.「出世坂」由来(碑の説明書きより)

明治の末頃まで、この坂の上に釧路支庁や測候所があったほかは、人家もほとんどなく「支庁裏の坂」と呼ばれた細い踏み分け道でした。
のちにこの坂の寂しい雰囲氣と急な勾配から「地獄坂」といわれたり、たまたまこの坂で起きた事件をきっかけに「おサヨの坂」と呼ばれた時代もありました。
大正二年、釧路中学の開校とともに、向学心に燃える若者達の通う道となり、その青雲の志をたたえ活躍を期待して、誰いうとなくこの坂を「出世坂」と呼ぶようになりました。

|

« 和商市場の勝手どんぶり@釧路 | トップページ | 母校 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/222291/49111201

この記事へのトラックバック一覧です: 幣舞橋・ロータリー・出世坂:

« 和商市場の勝手どんぶり@釧路 | トップページ | 母校 »