« 大学教授の見識と常識 | トップページ | マシンガン VS 日本刀 »

秋の終わりに

 一雨ごとに秋は深まり、冬将軍の足音も聞こえてきそうな気配です。

 20年間通ってきた私の通勤路の半分近くは、カーブとアップダウンの多い山道です。その中にはとりわけ紅葉が美しいスポットがいくつかあります。木の幹が黒っぽくなり、夏の盛りとは違い葉の数が少なくなってきます。少し湿り気を帯びた空気の中に日光が差し込む、そこに散らばる黄色や赤に色づいた葉の乱舞するさまは、思わず息を呑むことがあります。

 こんなHP(日本ノーデン(株)という農業・園芸機器を作っている会社のようです)を読んで、紅葉のサイエンスを知ると、紅葉の風景に時間軸と思考の抽象度軸という次元が追加されて、さらに豊かにダイナミックに見えてくるから不思議です。

にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ
ポチッとクリックで応援

 そうか、7℃という温度を境にスイッチを切り替えるのか。葉緑素が抜けて、カロチンやクルサントヒルと呼ばれる色素の残りかたで紅葉の色が決まる。なるほどね。今年は、通勤路の紅葉のよい時期の写真は、時期を逸してとり損ねました。我が家の小さな庭の小さな紅葉も、しげしげと見つめるとすこし無様なところも含めて美しく見えてきます。

Ca3g0434

 何かが抜けることによって見せる美しさ。人生の秋を迎えて、自分も何かが抜けて違う色が出てくるのだろうか。さしづめ、かの教授の言説に憤りを感じているのは私の中の抜け切れない「葉緑素」でしょう。ただ、かの教授にした質問は、彼に答えはおそらくないだろうと予想していました。これ以上追求するのは大人気ないな、という気持ちになってきています。私の中の熱は7℃を切ってしまいました。

 四季折々、さまざまな美しさがありますが、私は晩秋から冬にかけての風景に感動するようになっています。自分の人生のステージと重なるからかもしれません。

 でもまだまだ枯れるわけには行きません。老骨に鞭打って、新たな挑戦に踏み出します。

にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ
こちらでは現在1位です

|

« 大学教授の見識と常識 | トップページ | マシンガン VS 日本刀 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
煩雑な事象は日々出会います。精神衛生のためにも、次の著作のためにも(!)、踵を返して自然を眺めるのはたいへん良いことだと思います。
沈黙は金、とは構造色のように立場により全く違う色合いを見せるもので、僕の沈黙、彼の沈黙、SUBALさんの沈黙、それぞれ意味の異なるものですよね。
観念的なコメントをしてしまいましたが、こういう記事をお書きになる詩心あるSUBALさんには解ってもらえるでしょう。

投稿: niwatadumi | 2011年10月30日 (日) 21時35分

 まぁ、付き合いきれない、というのが本音。まともに相手にする人ではなかったということですね。今日はちょっと目的地のないドライブをしてきました。

投稿: SUBAL | 2011年10月30日 (日) 22時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/222291/53117348

この記事へのトラックバック一覧です: 秋の終わりに:

« 大学教授の見識と常識 | トップページ | マシンガン VS 日本刀 »