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支笏湖国民休暇村温泉と超音波探傷教育

 2泊3日、支笏湖温泉(国民休暇村)へ行って温泉につかりながら執筆をしていました。

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お風呂は飾り気のない、シンプルなつくりです。私にはこれが良い。

料理は、たとえばこの蟹のつみれ鍋も良いのですが、

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 この鰈のから揚げ、骨を揚げたものがとっても美味しかったです。子供のころは、食べた魚の骨をストーブの上に乗せてカリカリに焼いてよく食べました。

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 高級食材ではないものを、知恵と工夫で美味しい料理に仕上げている、そんな感じが全体に貫かれていました。私は、一番安い食事プランを選んだのですが、むしろそれが正解のような気がしました。

早朝7時の部屋の窓からの風景です。

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 前の晩から降り続いた雪で、車には4~50cm程度雪が載っていたはずです。すでに綺麗に除雪されていました。6時半はまだ暗いはずで、早朝から雪かきをしてくれていたのですね。傍らにはユーモラスな雪像が作ってあります。何か、ほっとする光景です。

  ここで、超音波探傷入門のテキストと、来春発刊予定の単行本の原稿を書いていました。 思い起こせば、17年前の1994年5月、支笏湖の対岸にある丸駒温泉で開かれたJSNDIの超音波分科会に急遽参加させてもらって、100人を超える超音波探傷の研究者や技術者の前で「超音波探傷教育を始めたいので、ご指導ご協力お願いいたします」と挨拶したところから、私にとっての超音波探傷教育はスタートしました。

丸駒温泉は、1泊2万円以上する高級温泉宿です。確か、当初国民休暇村を予約していたけれどダブルブッキングか何かで丸駒温泉に変わったと聞いていました。 当時の私は、田舎の検査屋から教員になったばかりで、超音波分科会の会員でもありませんでしたし、もちろん出席したことはありませんでした。活字上では聞いたことのある高名な先生や、日本を代表するような企業の研究者たちが集まっている場の中にあって、完全によそ者、場違いな感じでした。温泉に入っていても、飛び交う会話にまったくついていけませんでした。持ち前のずうずうしさだけを武器にして、「よろしくお願いします」と頭を下げて回りました。

  あれから17年。11月末に最後の超音波探傷の実技特訓を終えて、実技試験会場を準備して無事実技試験を受けさせ、勤務先での私にとっての超音波探傷教育は終わりました。 丸駒温泉の対岸にある、国民休暇村の温泉につかりながら、あっという間に過ぎ去った年月を思い起こしていました。いろいろな人に助けられながら、ようやくここまでたどり着いたという感じです。 この歳になって、このような行き届いた静かな温泉でやりがいのある仕事に没頭できるというのは、とんでもなく贅沢だなぁ、という感慨にふけりながら冷えて硬くなっていた体をほぐしていました。

最後に、帰りがけに撮影した夕暮れの支笏湖です。この寂寥感がたまりません。

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 夜が明けて、勤務が終了したら飛行機で上京します。超音波探傷入門の編集委員会ともうひとつ会議に出てきます。

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2位に落ちていました

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コメント

こんばんは、千葉県のシマと言います。
学校での超音波探傷教育、大変ご苦労様でした。
私は、建設系鉄工所で社内検査員をしていますが、受入検査員の方にも、先生の教え子の方がいらっしゃいました。
また、私も先生の書かれたパソコンによる教育システムで超音波探傷に触れて、月島倉庫のNDIの講習会で先生にお世話になりました。
これからも、執筆活動等を通してでも超音波探傷教育を、是非とも続けて下さい。
超音波探傷過疎地の田舎では、先生の様な活動が何よりも重要で大切な事なのです。

投稿: しま | 2011年12月22日 (木) 19時54分

しま さん 

 ありがとうございます。20年前に、ある個人的な事情で教員になる決意をしました。20年の歳月が流れて、教え子が現在40歳前から下の層で、地道にがんばっています。しまさんのように、声をかけてくださる方も増えてきました。大変光栄ですし、私の誇りでもあります。
 40歳のときの決断は、私の人生の決断として間違っていなかったという気がします。
 今の私にできることやるべきことはなんだろうと考えたときに、情報過疎の中で孤独に学んでいる技術者と技術者の卵にアシストをしていくことだろう、と考えました。
 どこまでできるかはわかりませんが、慣れた仕事をそのまま続けることはしない決断をしました。
 そう突っ張りながらも、不安や躊躇も交錯しているのが正直なところです。そんな私の背中を押してくれるコメントでした。ありがとうございました。

投稿: SUBAL | 2011年12月22日 (木) 20時46分

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