« ジェットエンジンの技術を応用した包丁「SAKON+」 | トップページ | 旅立ち »

卒業式前夜

 明日は、3.11の一周年です。勤務先では卒業式が行われます。私の公式の出勤も明日で終わり、20年間の教員生活の最後です。
 明日になったら書けなくなるかも知れないので、今日ここに書いておきます。私が前の職場を辞めて専門学校の教員をやろうと決意したのには、きっかけがありました。転職する前年の平成3年2月10日に長男が生まれました。1ヶ月検診で心臓の壁に穴が開いていることが分かり、治療を続けていました。年末に札幌医大で穴をふさぐ手術をしました。手術自体は成功したのですが、風邪を引いてしまい、病院がボルタレンという解熱剤の座薬をさしたところ、痙攣を起こしてその後およそ24時間の懸命な治療にもかかわらず命を落としました。

(ちなみにボルタレンはサルチル酸系の解熱剤で、よく効く代わりに小児では痙攣を起こして死亡する例が報告されていて、米国では私の息子が亡くなる10年以上前から小児には処方されなくなっていましたが日本では息子が亡くなってから8年後まで投与され続けました。現在は原則処方してはいけないことになっています)

 年末押し迫った31日に葬儀をして荼毘にふしました。焼き場の窯に小さな棺を入れるときは、名状しがたい感覚が体の芯に走ったのを今でもくっきり覚えています。

 葬儀が終わって、次第に日常の生活が戻ってくるにつれて、埋めがたい喪失感は日ごとに拡大していきました。そんな中で、「死んで生きる」をばねにしないと前に進めないと思いはじめました。何かを変える、ゼロにする、ゼロからはじめる・・・そう決意しました。でもゼロから何を始めるのだ・・と考えて、18歳のとき一度は目指した教員をやって見たい、と思ったのです。

にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ
ポチッとクリックで応援

 そんな時、現在の勤務先が「道徳教育の教員を募集」していることを新聞広告で知りました。「道徳教育」は自分には向かないな、とは思いましたが、飛行機の専門学校ですから私の免許教科である英語もあるだろうし、非破壊検査も教えているはずだ・・・とりあえず応募してみることにしました。試験当日に行ってみると、1名の採用に対して20名以上の応募がありこれはだめだと思いました。当時はバブルが崩壊した直後でした。幸い、道徳教育の教員としては別の人を採用し、私は非破壊検査・材料の教員として採用になりました。

 ですから私は当初「道徳教育で応募してきた英語の教員が非破壊検査を教えている・・・変なやつ」という「評判」でした。そこからスタートして20年です。

 実は今年卒業する3年制過程の学生は、亡くなった息子と同学年です。生きていれば彼と同級生になった子もこの中にいるかもしれません。たまたま偶然なのですけれど・・・ちょうど良い区切りです。

 2000人近い息子や娘に会うことが出来ました。うまく指導できたことより、多分失敗のほうが多かったと思います。それぞれの底力で強く賢くしなやかにやさしく生きていってほしい。

 3.11は私の個人的な悲しみ喪失をはるかに超える、不条理を多くの人に突きつけました。それが生きるということかもしれません。

 この記事の最後に入れる歌を探しました。率直に言って、なかなかピンと来るものがありませんでした。この福島郡山第二中学合唱部が歌う「YELL」がよかったので、入れておきます。

にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ
おかげさまで1位です

|

« ジェットエンジンの技術を応用した包丁「SAKON+」 | トップページ | 旅立ち »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/222291/54189753

この記事へのトラックバック一覧です: 卒業式前夜:

« ジェットエンジンの技術を応用した包丁「SAKON+」 | トップページ | 旅立ち »