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単行本出版の経緯 その4 超音波探傷入門のソフトウエアと出版

 航空機の非破壊検査を調べていく過程で、航空機の材料がアルミニウム合金(ジュラルミン)から複合材(ボーイング787に大幅に採用された材料です)に変わっていきそうだということがわかりました。複合材になればその非破壊検査は超音波探傷が主流になることは目に見えていました。そこで、学校に超音波探傷教育の導入を提案しました。当時の学校では、非破壊検査として磁粉探傷と浸透探傷の2部門を教えていました。超音波探傷教育の導入にはそれなりの費用がかかることもあり、多少の曲折はありましたが、最終的には上の了承を得ることができました。

 これも一生懸命やりましたね。様々な幸運とたくさんの人の援助によって、徐々に教育がかたちになっていきました(このあたりの経過もいつか書いておきたいと思っています)。私も必死で教育方法の工夫をしました。

 探傷や探傷器の仕組みについて、理屈の説明で問題なく理解する学生がいる一方で、理屈で攻めても理解が難しく、実際に機械を触らせることで納得に至る学生がいました。機械の台数も限られることから一人が触る時間には限りがあります。なんとかならないかなぁ・・・と思っていました。

 そのころWin95が発売になり、パソコンが素人にも身近になりました。教育方法の工夫ひとつとして、パソコンを使った教育ができないかと思い、ソフトウエアを探しました。しかし思うようなものがなかなかありません。「ないなら作るか」ということで、プログラミングの勉強を始めました。45歳でした。最初に作ったソフトウエアは問題演習をパソコン上で行なうもので、改良を重ねて今でも使われています。第二作目に作ったのが「超音波探傷入門」というソフトで、概要は下記のHPに載せてあります。

http://homepage2.nifty.com/SUBAL/UTindex.htm

 肝はバーチャル探傷器をパソコン上に作ったことです。これなら個人が夜中であろうと思う存分超音波探傷器を操作して、その仕組みを理解することが可能です。

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 学内で使っていたのですが、うわさが中央に伝わって「東京で開かれる研究会(「超音波による非破壊評価シンポジウム」)で発表してみたら」というお誘いを受けて発表することにしました。1998年1月、会場は東京新宿にある工学院大学でした。初めての発表で緊張しました。当時はまだOHPでの発表が主流でしたが、私のはソフトウエアを動かして見せなければ何にもならないので、目黒のレンタルショップでプロジェクタを 1日4万円のレンタル料を支払って借りて会場に持ち込みました。

 発表は、思いのほか評判が良かったです。社会人の教育にも使えるということで日本非破壊検査協会(JSNDI)から出版しないかというお話になりました。偉い先生たちとの共著です。この技術の教科書を出版しているところで、私が勉強を始めてから20年後のことでした。

 編集委員会のメンバーに入って、JSNDIのテキストができる過程を体験することができました。JSNDIとしてもソフトウエア付の本の出版は初めてで、ソフトウエアのデバグ・インストールテスト・CDROMの制作・・・等々まずは調査から始めなければなりませんでした。テキストの執筆は分担され、私はソフトウエアの操作に関する部分を受け持ちました。この執筆はそう苦労ではありませんでした。一番難儀したのは、ソフトのバグ取です。文字通り寝食を忘れてヘトヘト・フラフラになるまでやりました。50歳になる直前のことです。このデバグをやりきることで、私のプログラミングスキルは数段上がったと思います。もともとの立ち位置が低いですから数段上がっても大したことはないのですが…。それは構文の多様さとかアルゴリズムの巧妙さや複雑さということではなく、簡単に言えば、個人使用を目的とした趣味のソフトウエアと不特定多数の人に使われ売り物になるソフトウエアとの間にある段差です。

 この「超音波探傷入門」は2000年に初版が出て以来、重版を重ねて今日まで超音波探傷教育の導入として活用されています。

 このソフトウエアにはバーチャル超音波探傷器が登場します。その型式番号は「UTA210」としました。公式に尋ねられた時には「超音波探傷試験(UT)のはじめ(ABC・・・のA)、ゼロからのステップアップで210」と答えていました。実は裏の意味もありました。Uをユウと読むと私の長男の名前になります。210は2月10日で長男の誕生日。このくらいのいたずらは許されるだろう・・・と思いやりましたo(_ _)oペコッ。これは今まで誰にも言ってこなかったことです。

Uta210
 共著とはいえ、私が作ったソフトウエアを中心にして本が出版されたことは、大きな喜びでしたし、自信になりました。ただ残念なのは、JSNDIが発行する書籍は書籍コードISBNを取得せず、書籍流通からは外れた本なのです。一般の書店には並ばず、図書館に入ることもほとんどありません。(JSNDIのHPから購入申し込みができます)

 できた本は自費で購入して、いくつかのところに寄贈しました。その中には、のちに単行本を出版することになる日刊工業新聞社の編集部もありました。書評でも掲載してくれればありがたいなと思ったのです。しかし、何の反応もありませんでした(ノ_-。)。おそらくこのように送りつけられてくることは日常的な出来事で、黙ってゴミ箱いきだったのでしょう。息子を売り込むような気持ちで、だめもとでいろいろやりました。撒かない種は育たない。この時撒いた種は目を出しませんでした。

 いろいろな工夫をしながらの超音波探傷教育は北海道の地方都市の小さな学校での試みでしたが、教育としては成功し全国的にも知られるようになりました。ただ、私が当初想定したより航空機材料の複合材料化は遅れて、「就職に効いてくる」という専門学校としての成果は期待したほど出ませんでした。それが出始めたのは10年以上たって、787の生産が始まってからです。

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ひさびさに1位復帰です。でも1日だけかな?

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