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単行本出版の経緯 その5 日刊工業新聞社から単行本を出版

 「超音波探傷入門」がJSNDIから発刊されたころ、学校の中で学科の責任者という「管理職」の仕事を命じられていました。学科を盛り立てるために「つまようじブリッジコンテスト」というイベントを考えて実施したりしていました。2001年に下記のHPを立ち上げて、同時に構造力学の専門家にメールを出すなどをして積極的な交流をしてきました。

http://homepage2.nifty.com/SUBAL/BCindex.htm

学内では学生たちとワイワイ議論をしながら、WEBを通して専門家と交流する・・・とても楽しかったですね。

 その延長で、800人ぐらいの登録者がいる技術教育メーリングリスト(ML)に参加しました。当時、このMLでは色々な話題で活発な議論がされていて、そのいくつかに私も参加しました。そうした中で、リアルな交流に発展する人が現れました。その一人に私よりずいぶん若い方ですが「機械工学」の本など多くの本を出している門田和雄さんがいました。門田さんから紹介を受けて、日刊工業新聞社のベテラン編集者の方と会う機会を得ました。

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 2006年12月、東京駅構内の「銀の鈴」で待ち合わせをして、喫茶店で小一時間話をしました。私は学生の就職先である企業を訪問している途中て、東京瑞穂にある企業を訪問して、名古屋に向かう新幹線に乗る前でした。あらかじめ略歴に添えて「執筆歴」は送っていました。数としては少ないとはいえ、公に発行された文章の執筆経験はあることはアッピールしておく必要があると考えたからです。「超音波探傷入門」の共同執筆や、産報出版や日本工業出版が発行する技術雑誌への投稿などの経験を書きました。過度の売り込みは不必要であとで困ることになりかねないけれど、相手の判断にとって必要な情報は臆することなくしっかり伝えるべきと考えました。

 専門知識があるからといって説得力のある日本語として成立する文章が書けるとは限らない、たぶん本の編集者であれば気にするところだと考えました。初めての取引先に出す工事経歴書のようなものです。これだってやった工事をやみくもに何でも書けば良いというものではありませんでした。相手にとって必要な情報は何かを考えなければなりません。「超音波探傷入門」の執筆は、このとき肥やしになったと思います。

 話は、日常の仕事の話など雑談的な自己紹介から始まりました。私より少し年上の方ですが、穏やかな話しぶりで聞き上手な人だなという印象を受けました。先方から「どのようなテーマの本を書けますか?」と尋ねられたので、「非破壊検査技術やその1分野である超音波探傷について初心者や部外者にわかりやすく解説する本を書きたい」旨を話しました。

 すると、先方から「非破壊検査では読者層が限られることが予想され企画が通りにくいだろう。超音波一般で『絵とき 基礎のきそ』シリーズの1冊として書くというのはどうでしょう」と提案がありました。超音波探傷の勉強をしてきましたから、超音波一般についての知識はもちろんあります。ただ、応用技術である医療・ソナー・魚群探知機・空中超音波さらには超音波洗浄等々、幅の広いそれぞれの分野について最新情報などに詳しいわけではありません。正直受けるべきか引くべきか迷いました。

悩んだ挙句に、

(1)それぞれの応用分野についてはきちんとした調査と取材をする。

(2)応用技術の網羅的な紹介ではなく、ある筋を通した本にする。キーワードは「波長」。

ここに思いが至ってやってみることにしました。 

 正月に企画書を作成して明けに提出、3月の頭に企画会議で通ったという連絡が来ました。さっそく学校の春休み期間を利用して取材旅行に出かけました。取材は驚くほどスムーズで、いろいろなお話や資料の提供などをしていただきました。「日刊工業新聞社の本になる」というネームバリューの影響も感じましたが、同じ超音波技術に携わる者としての刺激や共感が得られたのは大きな収穫でした。

 執筆は想像以上に難航しました。それまで20~30ページの文章は書いたことがありましたが、200ページに及ぶ本の執筆は単純にその10倍というわけではないことを思い知らされました。なかなか良いたとえは見つかりませんが、100m四方を見渡せる視野を持っていた人が、1km四方の視野を持つとでも言いますか、5ページ目を書いているときに180ページ目が視野に入っているかというところなのです。第1章は遅々として進まず何度も書き直しました。最初に書いた第1章では初速が足りず、200ページまで届かず80ページぐらいで失速して落ちそうという感じがしたのです。次に書いた第1章では、100ページぐらいで拡散して消えそうな感じがしました。書きなれた人にとってはそんなところで?と思うようなところで引っかかるのです。もともと文章は下手なほうですから、8ページのレポートを書くときでも最初は難儀しました。少し書き馴れると、8ページは頭の中で構築した構想で、要する時間も計算で来て文章が出来上がりますが、規模が大きくなると構想力もそれに見合うだけ大きくしなければならないのです。私の感じでは二乗か三乗に比例する。

 名もない田舎の専門学校教員に単行本を書かせるのは冒険だと思いますし、何段階かの篩いにかけられるのだろうと覚悟をしていました。原稿ができてからも審査があったり待たされたりするのだろうと思っていました。このチャンスを生かすために、最後まで残って見せると気張りました。

 しかし実際には、こちらが驚くほどあっさりと単行本の出版が決まり、気が付けば私の初めての単行本「絵とき 超音波技術 基礎のきそ」が全国の店頭に並んでいました。あとから聞くとこの編集者の方は力がありたくさんの筆者を掘り起こしてきた方とのことでした。それからだいたい1年に1冊のペースで単行本を書いています。

 私の場合、職場では直接の上司との関係がうまくいきませんでしたが、WEBの世界に飛び出すことでとてもよい出会いに恵まれたと思っています。単行本の執筆を始めたころに、管理職を降りた(降ろされた)のも、タイミングとしてはラッキーでした(笑)。正直なところ管理職がやりたくて転職したわけではありませんからね。

 今は本の執筆で、読者との交流もでき始めていて、「若者を育てる仕事をしたい」という希望はは20年前に想定した以上に実現できています。

 長々と書いてしまいました。特殊な分野であり、偶然が作用したところが多分にありますので、ご参考になりますかどうですか。ただこの文章を書くことで、この30年を概観することができましたので、私にとっては良かったです。

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コメント

こんにちは。2006年が最初でしたか。ずいぶん経ちましたね。続編を期待しておいます。

投稿: KADOTA | 2012年8月 3日 (金) 21時37分

KADOTAさん

そうなのです。あれから5年半です。おかげさまで、私にとって新しい世界が広がりました。
KADOTAさんに出会いIさんに出会うことが無ければ、定年後の今見える風景も見ることができなかったはずです。
このシリーズはここでひとまず終えて、またいつかどこかで「単行本が生まれるプロセス、裏話」のようなものを続編として書いてみたいと思っています。

投稿: SUBAL | 2012年8月 3日 (金) 22時18分

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