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恩師からの手紙 その2 ペン字と俳句

 小学校時代の担任の先生からお手紙を頂いて、ふと思ったのは、その文字でした。

 そういえば、万年筆で書いた文章を読んだのはひさしぶりです。きれいな字が書けない私は、手紙を書くときもキーボードで打ち込んだものをプリントアウトして出しています。書きなぐって後で修正するという書き方が常態化しています。

 万年筆で手紙を書くとすれば、書き始めた時点で、センテンス⇒パラグラフが頭に出来上がっているか、さもなければ展開に合わせてまとめていく柔軟性が必要です。

 濱野先生は、目が見えにくくなってきている、耳も聞こえにくくなっていると手紙に書いてありました。

 目が見えにくくなると文字を書くのは大変だろうと想像します。私も夜目が疲れてショボショボしてきたときに細かい文字を書くのはしんどくなります。

 手書きで文字を書いていくという行為は、書きながら、出来上がりつつある文字を確認して、手の動きを微調整する、といったフィードバック制御をしていると考えられます。濱野先生の手紙の文字を見ていると、やはり文字を書くスピードにフードバック制御が追いついていないのかなというところがところどころ見受けられます。

 逆を言えば、そうした状況の中で、便箋6枚もの手紙を書くことの大変さを考えると、この手紙の重みが伝わってきます。

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 他方、手紙の字を見ていて唸るのは、ひとつひとつの線の勢いです。

 歳を重ねていくと、文字の線の勢いが次第に失われていきます。すでに亡くなっている私の親の文字を見ていると、次第に少しずつ勢いをなくすといったいわばリニアな変化ではなく、ある時点からまっすぐな線が引けなくなるところが出てくることに気づくのです。

Hamano

 真っ直ぐの勢いのある線になっていないことは認識できても、真っ直ぐの線は書けなくなる。指の筋肉の微振動のようなものを抑えることができなくなる。指の筋肉が衰えではなく、筋肉をコントロールする情報処理システムに問題が起きたと推測できる変化です。

 濱野先生の文字には、若者にも負けない勢いがあります。すごいなぁ、と感心します。

 手紙には、俳句が記されています。日常的に俳句を詠まれているものと思います。五七五の限られた文字数の中に季語を入れつつ風景や情景を詠んでいく作業は、高度に知的な作業です。俳句をやるから若さが保たれているのか、若さが保たれているから俳句が詠めるのかはわかりません。

 「妻も85歳、あまり健康ではありませんので、お互いにかばい合い支え合って、命の限り生きたいと頑張っています」という文章に続く句です。

八十路(やそじ)越え ゆっくり落ちよ 砂時計

俳句を詠めるようになりたいな、ふとそう思いました。

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