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理研の三太郎

 理研ギャラリーの歴史コーナーには、「理研の三太郎」の写真と業績紹介が展示してあります。

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 「理研の三太郎」とは、ビタミンB1の鈴木梅太郎と物理学者の長岡半太郎と本多光太郎の3人のことで、理研の創成期を担った研究者とのことです。

 長岡半太郎の名前は聞いたことがありますが、業績などは知りませんでした。日本の物理学の基礎を作った人とのこと。原子の周りを電子がまわっている「土星型原子モデル」を提唱した人と紹介されています。

 「土星型原子モデル」、いまでも原子を説明するときに出てくるやつですね。

 あるところで、工学博士を前面に出してくる人(嫌味な感じの人でしたが・・・)から「こんな絵をいまだに描いているなんて信じられない」とかみつかれたことがあります。私は理解のステップとして有りと思っているんですがね、叩かれた記憶があります(;´Д`A ```。

 長岡半太郎は日本の原子物理学の源をが作ったともいえるのですね。

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 私があれっと思ったのは、本多光太郎が理研の三太郎の一人になっていたことです。

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 私の乏しい知識の中では、本多光太郎は東北大学(東北帝国大学)の人という記憶でした。東北大学工学部の応接間には、大きな本多光太郎博士の肖像画がかざっってありました。

 理研ギャラリーの説明文を読むと「1922年(大正11年)には東北帝国大学内に理研・本多研究所を設け・・・」とあります。なるほど。東北大学は、現在でも金属材料分野では世界をリードしているはずです。

 本多光太郎と言えば「K.S磁石鋼」

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 こちらは鋼についての講演。

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 シンプルなタイトルですね。聴いてみたいです。

 日本の製鋼技術は欧米に比べて極めて優秀。そのため材料欠陥に起因する大きな事故は起きていないんですね。私はそのために、破壊力学や非破壊検査技術の必要性が差し迫ったものとして突きつけられていなくて、欧米に比べてやや立ち遅れたのではないか、そう推測しているのです。

 学者・現場の技術者のたゆまぬ努力によって築き上げられてきた日本の製鋼技術、その源流に東北大学があったことはたぶん間違いないでしょう。

 理研の歴史を少しばかり学んだだけですが、いろいろなものが見えてきて、視野が広がります。

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