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少年のまなざしの向こう

 今回岡山へ行って撮った写真の中に、これはという写真がありました。

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 ピントも甘いし、逆光で露出も良くありません。でも、この少年の立ち姿、まなざし・・・良いなぁ…。ある人生の大切な一瞬を切り取っていると思いませんか?

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 本田宗一郎は小学校低学年の時「浜松町和地山練兵場まで自転車を、三角乗りで、アート・スミスの曲芸飛行を見学に行き、飛行機を初めて見る」と伝記(Wiki)に記されています。1913年小学校入学ですから、1910年代でしょう。いまからおよそ100年前です。ライト兄弟の初飛行(1903年)からおよそ10年後。

 その時の宗一郎少年の立ち姿まなざしを想像してみます。

 本田宗一郎は、まだ自動車も作っていなかった時代(1960年代)に航空工学を学んだ若者を雇い入れました。さらにそれからおよそ25年後(1986年)にジェット機の研究が始まり、1991年に亡くなって24年後、自社開発をしたエンジンを搭載したHondaJetが日本の空を飛んだのです。

 小学生だった宗一郎少年が自転車で向かった距離を確認してみました。「浜松町和地山練兵場」は分かりませんが、浜松市の地図を見ると静岡大学の北側に和知山公園がありました。多分この辺でしょう。生誕地はGoogleMapの検索窓に入れるとピンを指してくれましたので、そこということにしました。

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 直線距離でもおよそ10kmあります。7~8歳の少年にとって自転車での10kmの走行は「冒険」と言ってよいでしょう。

 本田宗一郎がいかに天才的な人物であったとしても、彼一人でこの仕事が成し遂げられるはずがないことは言うまでもありません。私は、良いものを見たそのまなざしの根っこ胸の奥に炎が灯るのは、別に天才ではなくても普遍的なことだと思うのです。そしてその炎を生涯持ち続け、大きくしていくことが出来た人は幸せな人です。そんな人たちがHONDAには集まったのでしょう。

 今回のHondaJet World Tour in Japan 2015に参加した中学生以下の子供はおそらく2000人近く。そんな中に「宗一郎」少年がいるかもしれない。私は、この少年の50代60代の姿を見ることはできません。めんこくてたまらないけれど、声をかけることもあえてせず、写真を1枚だけ撮らせてもらいました。

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