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備中高松城址

 備前・備中・備後あたりは、昔から興味を持っていた地域でした。幸い岡山航空とご縁が出来ましたので、折にふれてぶらり旅をしています。

 2013年には吉備津神社備中国分寺五重塔を見てきました。2014年にはブログ記事にはしていませんが、「備前おさふね刀剣の里」を訪問しています。

 今回は標題の通り、備中高松城址です。岡山駅からJR吉備線総社行に乗って5駅20分で備中高松駅に着きます。そこからゆっくり歩いて15分のところに高松城址があります。 

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 昔この辺りは沼地だったようです。

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 本丸近くに当時の様子を再現したところがありました。

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 羽柴秀吉が、毛利方の高松城を攻めあぐね、約4キロメートル、高さ8メートル、底部24メートル、上幅12メートル堤防をわずか12日間で作り上げて、前代未聞の水攻めにした城です。

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 その時本能寺の変が起きて、織田信長が明智光秀に討たれて、秀吉は毛利方と城主の切腹と領地の没収で和睦を結び、明智光秀を討つために都にむけて進軍(中国大返し)しわずか10日間で山崎の合戦となる・・・戦国史上の重要な戦いの舞台でした。

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 山の上の本陣から水中に孤立した高松城を見つめる秀吉を描いた絵がありました。

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 高松城址から本陣の山(右側の山)を観たところです。

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 本丸跡にあった城主清水宗治の辞世の句(『浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して』)を刻んだ石碑です。

 実際に現地に来ると、この辺りは山並みや平地の連なりから往時の様子や空気を偲ぶことが出来そうです。吉備津神社や備中国分寺も意外に近いことも発見のひとつでした。歩きながら頭の中に浮かんでくる妄想と遊んできました。

 12日間で完成した堤防建設もほとんど狂気に似たエネルギーを想像します。しかしこれは相当冷静で高度な土木技術に裏打ちされていたのだろうとも想像しながら、高松城址を後にしました。このあと岡山から新神戸まで新幹線に乗りました。所要時間30分です。ここを馬と徒歩で駆け抜けたのかと思うと気が遠くなる思いです。

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