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三菱自動車のデータ偽造の周辺 技術者のまなざしと勇気

 VWに続く三菱自動車の燃費データ偽造事件、技術開発競争に負けた会社の姑息な生き残り策が命取りになるかもしれない、正直論評に値しないなぁ・・と思っていました。

 「製造現場ドットコム」の記事『本気の改善を見たい』は、三菱自工現社長の父親で三菱重工元社長相川賢太郎氏への昔のインタビューをもとに、エピソードを紹介していました。

 この件に関する論評の中では、最も読み応えのある記事でした。

 その中で語られているのが、1970年の三菱重工長崎造船所で起きた大型タービンロータの破裂事故後の対処です。

「事故から15年後、賢太郎氏が長崎造船所の所長になったとき、資料館をつくり、この破片を展示した。いわゆる、技術者の恥を展示したわけだ。このときのことを、『この事故は技術者として恥ずべきことですが、将来への戒めでもあり、その破片は破壊力学的には大変貴重な資料でもあるので、あえて展示しました』と述べている。」と「製造現場ドットコム」の記事に書かれています。

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 三菱重工HP「長崎造船所 史料館 その他の展示物」より

 1970年といえば今から46年前、私は18歳、高校を卒業したばかりです。そしてその15年後と言えば1985年、忘れもしないJAL123便が御巣鷹山に墜落した年です。

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 三菱重工長崎造船所の事故は事実としては知っていました。この破壊したローターが展示してあることと、展示のいきさつについては知りませんでした。

 この件に関して、こんな記事を見つけました。「『犯人探し』が阻害する組織学習

 この意見に私は全く同意です。「かたちのココロ」を続けている理由のひとつでもあります。

 1985年の相川賢太郎氏の賢明で勇気ある決断で、その後起きたかもしれない事故のいくつかは無くなったと、私は確信します。そして三菱重工の技術力の底上げにつながったことだろうと考えます。

 私は思い起こします。1989年米国アイオワ州で起きたUnited Air 232便ダグラスDC10型機での第2エンジンファンディスク破壊事故。JAL123便と同様に油圧パイプが破壊されて、コントロール不能になりながら近くの空港までたどり着くことが出来たけれど、着陸後横転して111名の犠牲者が起きた事故です。破壊したファンディスクです。

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 FAA事故報告書(AAR90-06)より

 この事故後米国では15年の歳月と膨大なお金をかけて調査研究がなされています。そしてこの研究の成果の多くは公開されています。非破壊検査技術の進歩にも多くの成果を残しています。すでに私のライフワークの一つになっています。

 三菱重工長崎造船所資料室、ぜひ訪問したいところのひとつになりました。

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