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JAL123便事故から32年

 8月は追悼の日が続きます。本日8月12日は、日本航空123便が御巣鷹山に墜落した日です。あれから32年。

 当時私は34歳。苫小牧東部石油備蓄基地の中で共備8番タンクの仕事をしていました。これを汗まみれ油まみれというのだという仕事でした。

 非破壊検査の資格磁粉探傷、浸透探傷、超音波探傷の2種(いまでいうレベル2)の資格をようやくとったばかりでした。仕事でくたくたに帰ってきてから、ニュースを隅々まで食い入るように見ていました。

 当時飛行機とは直接関係は無かったけれど、金属疲労と闘う技術者の端くれとして、強烈に胸に刺さってきました。

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 のちに航空専門学校の非破壊検査を教える教員となって、航空機事故と非破壊検査の関係を調べていきました、当然、単独航空機事故としては最大の犠牲者を出した事故ですから123便についても調べました。

 以前にも書きましたが、この事故は金属疲労による圧力隔壁の破壊が起こり、これによって操縦系統4系統あった油圧パイプが破壊したことが墜落に至った最大の原因でした。この金属疲労がなぜここまで至ったのかといえば、伊丹空港でのしりもち事故後の修理が誤った修理だったということです。この修理は、ボーイング社の修理チームによって行われました。JAL側にも確認義務はあるとはいえ、施工後では確認できない構造だったのです。ボーイングによるボーイングの事故です。

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 今、私は定年退職後航空機の非破壊検査にかかわる仕事をしています。この事故も含めて、未来に起きるかもしれない事故をここで潰すのだという自覚と覚悟で取り組んいます。

 圧力隔壁が破壊された時刻になりました。

 黙祷。

追記

 昨日ANA037便 羽田空港18:00発伊丹空港行きが18時24分ごろ大島上空で与圧システムの異常が検出されて羽田空港に引き返すというインシデントが起きました。

 詳細は不明なものの、日時といい航路といい、与圧が絡むことといい、32年前の事故を彷彿とさせます。無事羽田に戻ることができてよかった。徹底した原因解明がされることを望みます。(ANAのHPAviation Wire

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