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比叡山延暦寺は琵琶湖に向いていた‼

 先週になりますが、26日(土)に倅と一緒に比叡山延暦寺に行きました。思い返せば倅と2人で「旅」をしたのは初めてです。

 琵琶湖のほとりにある坂本からケーブルカーに乗って、上を目指しました。

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 軌間1067メートル、日本最長のケーブルカー乗ること11分、ケーブル延暦寺駅着くと、琵琶湖を見下ろす広々とした風景が広がります。ここで記念撮影。

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 ここから延暦寺の中心までは山道を少し歩かなければなりません。なんとなく延暦寺の裏門に向かっている感じでした。

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 比叡山延暦寺の門。その前に案内板がありました(こちらに元図)。

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 あれれ!延暦寺は京都に向かって建っているのではないんだ!参道こそないものの、あるとすれば、琵琶湖の湖西の坂本から登るようにある配置なんだ。

 延暦寺のHPに、「坂本ケーブルを利用して門前町坂本へ降りることもできます。」との記述がありました。琵琶湖湖西にある坂本が延暦寺の門前町なんですね。

 恥ずかしながら、この歳まで延暦寺は都である京都を見守るように建っているのだ思いこんでいました。そうではありませんでした。延暦寺は琵琶湖を意識して建てられたことは間違いなさそうです。京都(平安京)はたまたま背後にあった?

 そうすると、信長が明智光秀に命じて坂本に大きな城を築かせた目的は明白です。延暦寺の復興復活は許さないということでしょう。

 さらに織田信長が琵琶湖の東岸に安土城を築城したことから見ると、延暦寺に激しい敵意をむき出しにした背景には、巨大な武装組織を持って朝廷や幕府にも従わない延暦寺が天下統一に邪魔だったという教科書的定説以外に、琵琶湖の統治権という具体的な対立軸があったのではないか、そんなイメージがわいてきました。

 そういうことだったんだ。記憶力を問う暗記科目の歴史は中学高校時代嫌いな科目でした。でもこの歳になってもう一度勉強したくなりました。

 比叡山延暦寺の総本堂である根本中堂で秘仏である「薬師瑠璃光如来」と「不滅の法灯」の前で祈りをささげてきました。

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 根本中堂は平成の大修理が始まっていました。巨大なクレーンによってがっちりした鉄骨がくみ上げられていました。

Img_2666 このあと国宝館を見学しました。繊細で美しい仏像を鑑賞してきました。

 やはり百聞は一見に如かず、現地へ行ってみるものですね。周りの景色、空気感はもちろん、今回は長い間の思い込みによる誤解が解けて、安土桃山時代の歴史がいきいきとイメージできるようになりました。

 北海道の高校の修学旅行は京都奈良が定番です。私の高校もそうでした。でも延暦寺には来ていません。地元高専卒の倅にとっては修学旅行自体がありませんでした。親父との「旅行」が生涯の想い出になるのだろうか? 

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