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A Doctor's Sword この日本刀はぜひとも日本に里帰りさせたい

1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分、アメリカ軍が長崎市対して原子爆弾を投下しました。8月6日の広島に続く2発目でした。

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 非戦闘員の無差別大量殺人であり、これを戦争犯罪といわないのなら何を言うんだというぐらいのものでしょう。

 今日の記事は、長崎の原爆に被爆した一人のアイルランドの軍医に贈られた一振りの日本刀(軍刀)の話です。

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 この原爆で被爆したのは日本人だけではなく外国人もいたことは常識的に想像できるとして、その中には連合国側の捕虜もいたようです。その捕虜の一人に、英国空軍の軍医であったDr.Aidan MacCarthyという人がいました。彼は連合国軍指令ダグラス・マッカーサーに名前が似ているということから、捕虜として収容中に日本側の看守から虐待を受けたようです。日本や日本人に恨みを持っていてもおかしくありません。長崎に原爆が落とされたのち、医者として日本人も含めて分け隔てなく懸命の手当てに当たったということです。8月15日の終戦後、捕虜が解放されたとき、捕虜が集団で日本人看守を襲うという事件が起きたときには、知恵を働かせて看守たちを助けたとの話もあります。

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Dr.Aidan MacCarthyが帰国することになった時に、日本人の将校が友情のあかしとして軍刀を贈呈しました。彼は故郷であるアイルランドに帰ったのちこの軍刀を大切に保管しました。その話が、こちらのサイトに載っています。MacCarthyの遺族が、大切な軍刀を元の持ち主を探し返したいと思い今から6年前に来日しました。

以下はアイルランドの映画会社が制作したドキュメンタリーです。言語は英語ですが、イギリス英語ですからわれわれ日本人には聞きやすいですし、英語が不得意でも最後まで見てください。何が起きたのかのイメージはつかめます。

 

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『日本軍刀が結ぶ日本~アイルランドの絆 A Doctor's Sword 』より

 私が本当に残念に思うのは、この時この友情の軍刀を日本に持ち込むことについて日本の政府は「銃刀法」を盾に許可しなかったことです。なんて愚かなのでしょう。

 戦争のただなかで起きた人間の弱さ愚かさを示す事件、そしてこの世の地獄とも言って良い原爆の惨禍、その中で敵同士であった将兵に間に通じた『友情』。その高貴な精神の象徴である軍刀、悲惨な被害の実態を歴史的資料として残していくことも大切ですが、人類の希望の光として、このエピソードとともに残しておくべき大切な文化遺産であると私は考えます。皆さんはどう思われますか?

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