超音波

3年前のシカゴオヘア空港

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 3年前の11月4日、米国シカゴにあるオヘア国際空港から帰国の途につくところでした。写真はパステルカラーがお洒落な地下通路です。出発したのは10月29日。その前日(28日)にオヘア国際空港で、離陸滑走中のアメリカン航空383便(ボーイング767-300)でGE社製ターボファンエンジン CF6-80C2B6のタービンディスクが破壊して、主翼を突き抜け火災となる事故がありました。脱出の際にけが人が出ましたが、死亡事故にはなりませんでした。

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 この写真を見ても、死人が出ていないのが奇跡的といえる事故でしょう。

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航空機産業向け非破壊検査超音波探傷(UT)講習、2回目終了

 日本航空宇宙非破壊試験委員会(NANDTAB-JAPAN)が主催する『航空機産業向け非破壊検査超音波探傷(UT)講習』の2回目が、兵庫県立工業技術センター内にある航空産業非破壊検査トレーニングセンターで開催されて、11月1日無事終了しました。私は、航空機の専門的な内容になる応用講習を担当しました。この講習は、NAS410に基づく資格者を効率よく生み出していくために国(経済産業省)が後ろ盾になっ開始されたプロジェクトの一環です。このあと資格認証試験の実施へと進んでいく段取りになっています。11月8日には資格試験の説明会(セミナー)が神戸で開催されます。私も出席する予定です。
 一昨年から、検討と打ち合わせを積み重ねて講習内容を構築してきましたが、まだまだ改善点はありそうです。

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航空専門学校での超音波探傷講習

 日本非破壊検査協会(JSNDI)が、学生の身分では資格を取得できないように制度を改悪しました。いろいろな意味でおバカな決定だと思います。もう少し知恵を働かせなさいよ、といいたいです。

 私が勤務していた日本航空専門学校では、超音波探傷をはじめとした非破壊検査の教育に力を入れてきました。三菱重工・川崎重工・IHIなど航空宇宙機器メーカーをはじめとした各企業に、非破壊検査のエンジニアを送り出してきました。残念ながらその教育が風前の灯火になっています。

 毎年JSNDI主催の講習会を開催してきました。今年は実施するというので、私も14日・15日参加してきました。

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 会場の材料実習室です。机も吊り型の電源も実習場のパーテーションも、試験片を置く木枠もすべて、教員の手作りです。懐かしいし、愛着があります。日本航空宇宙非破壊試験委員会(NANDTAB-JAPAN)の初代委員長もここで勉強をしていきました。

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 講習の様子です。講師をしているのは、現在は某大手航空機エンジンメーカーに勤務している卒業生です。

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プログラマーとしてのお仕事

 少し自宅でのまとまった時間が取れたので、ライフワークとなった超音波探傷に関するソフトウエア作りの仕事に取り組みました。20数年前航空専門学校の教員時代に作った『超音波探傷入門』と題したシミュレーションソフトウエアの改定作業です。超音波探傷を身につける過程では、理論を理解する必要はもちろんありますが、実際に装置を使って探傷してみながら体験で身につけることも大切です。しかし超音波探傷の装置や探触子・試験体などをそろえると最低でも200~300万円程度かかります。そこでパソコンの中でバーチャルに体験できるソフトウエアを作ったのです。このソフトウエアは、2000年に日本非破壊検査協会(JSNDI)から、発売されました

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 このソフトウエアつくりは、苦労もしましたが、プログラミングの楽しさも知りました。そして見知らぬ人に使ってもらえるクオリティーに仕上げる過程で、私のプログラミングスキルを向上させてもくれました。2013年に超音波探傷器にデジタル化に合わせて、ソフトウエアの改定をしました

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そして今回2回目の改定作業に入っています。

 このソフトウエアに愛着も出てきて、自分が生涯に作り上げた作品のひとつとして胸を張っても良いだろうという気になってきました。

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超音波探傷の試験片を作る昭和製作所と透明なSTB A1

 先日東京都大田区大森にある材料試験片の制作加工に特化した大和鋼機株式会社を訪問したことを書きました。あとでMAPを見ていたら、すぐそば(200m)にところに昭和製作所があることに気が付きました。昭和製作所は材料試験片も作りますが、超音波探傷用の標準試験片や対比試験片を作るのが得意な会社です。

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 超音波探傷をやっている人ならたいてい名前ぐらいは知っているはずです。私は、航空専門学校を定年退職した後の方が関係が深くなっています。

 航空専門学校勤務時代に一度会社を訪問しています。おそらく20年近く前だったと思います。その時のことで今でも鮮明に印象に残っていることが2つあります。そのひとつは、技術者の方のお名前です。記憶力が悪いのは天下一品の私にしては奇跡に近いことです。もう一つは応接間に飾ってあった透明なSTB-A1です。

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超音波ビームソフト 論文に引用

 株式会社横河ブリッジの技報(TECHNICAL REPORT)が送られてきました。

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 17件の技術開発・新技術に関するレポートが掲載されています。実はそのひとつに、私が作った超音波ビームソフトウエアの出力結果が掲載されているのです。

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超音波探傷訓練の現場で再会

 17日から東京亀戸で超音波探傷の実技講習会で指導員の仕事をしています。17日会場へ行ったら比較的広い会場に受講者がほぼ満席になっていました。


 会場を一回りしていると、笑顔で挨拶をしてくる人がいます。航空専門学校の教え子です。名前はすぐには出てこなかったけれど、顔は覚えています。


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M重工に就職したK君でした。懐かしかったので、講習終了後近くのもんじゃ焼きの店で懇親。


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20年近くたっていますから、すっかりおやじ顔になっていますが、学生時代の面影は残っています。


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函館旅行

 4月の20日~22日にかけて2泊3日の函館旅行をしてきました。最初のお宿は湯の川温泉啄木亭。

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元阪大の廣瀬先生を囲む仲間たちの旅行です。阪大の研究室で学んだ人たちですが、私は阪大へ入っていません。大阪万博が開かれた千里丘陵までは行きましたけどね(笑)。

廣瀬先生は、私の超音波探傷の師匠(勝手に私が決めているだけですが)です。日本航空専門学校に勤務していた時代に知り合いになり、たくさんのことを教えていただきました。私が作った形状反射能率のソフトウエアは、廣瀬先生が中心となって確立された理論の普及を目指したものです。

この旅行は原則夫婦で参加することになっています。わたしもつれあい殿との久しぶりの旅行になりました。

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JSNDI 仕様デジタル超音波探傷器 R タイプ改修

 本日は私の68歳の誕生日です。今年成し遂げる仕事のひとつを追加しました。

 プログラマーとしてのお仕事です。日本非破壊検査協会(JSNDI)は、JSNDI 仕様デジタル超音波探傷器のRタイプを一部改変することを公表しました。それに伴って、『超音波探傷入門(パソコンによる実技演習)DL版「デジタル超音波探傷器」編』についてくるソフトウエアの改変をします。

 このソフトウエア(YOUTUBE)は、私にとってはライフワークのひとつになっています。

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親父の101歳の誕生日、英国空軍創立100年

 今日からまた首都圏へ出張です。18日の誕生日を繰り上げて昨日いつものトンカツ屋さんで誕生祝をしました。私と親父は誕生日が5日違い、親父は大正7年4月15日生まれです。平成も終わるなぁ…と思いふと調べたら大正7年は1918年です。生きていれば明日は親父の101歳の誕生日です。

 1918年と言えば第1次世界大戦も真っ最中(同年11月に終戦となります)。ライト兄弟が初飛行に成功してから15年、航空機は最先端の兵器となっていました。ポール・ランジュバンが水晶振動子を使ってセーヌ川の川幅を計ったのが1917年。親父は第2次世界大戦で、機関銃部隊の歩兵として満州で従軍しました。

 100年という歴史を感じます。

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